まるでレースのような美しさ。次世代を担う若手竹細工職人 小倉智恵美さんに聞く
まるでレースのような繊細で美しい編み目の籠や銘々皿、それにアクセサリー。それらは、作り手である小倉智恵美さんのたおだやかな人柄そのまま。生活の中にそっと溶け込みながらも、しなやかで繊細な美しさを放っています。そんな小倉さんの作品は人気で、現在、半年以上も順番待ちなのだとか。今回は京都市内の町家に工房「京竹籠 花こころ」を構え作品作りをしておられる竹細工職人・小倉智恵美さんにお話を伺いました。
懸命に作ることから生まれる美しさ
― 小倉さんは小さな頃から工作や細かいことをするのがお好きだったんですか?
はい。工作をするのが好きで、空き箱で何かを作ったり、花を摘んできて押し花を作ったり、教えてもらって木の実を使ったクリスマスのリースを作ったり。作っている時間がとても心癒される時間で好きだったんです。
― それは今でも変わらず?
そうですね。作っているときは癒されますね。
― 小倉さんの作品は、穏やかで見ているだけで癒される気がします。やはり作品にお人柄が出るんですね。
ありがとうございます。そういっていただけると、やっている甲斐があります。
「花こころ」という工房の名の由来も、そんな思いがあるんです。花がとても美しいのは「生きる」ということにだけに懸命で、その懸命さが花の美を作っているのではないかと思うんです。同じように物作りをする時も懸命さが大事じゃないかなと思いまして。そういう心持ちで余計なことを考えずにただ作ることに懸命であるという姿勢、心で取り組んだら、きっとお花のように見る人に安らぎを与えられるような、優しい作品ができるのではないかという思いで「花こころ」と付けたんです。
― そして高校卒業後、京都伝統工芸専門学校竹工芸専攻へ入学して、この道に入られたんですね。当時、高校生だった小倉さんが、どうやって竹細工職人さんを知り、なろうと思われたんですか?
小倉 もともと京都の伝統文化には興味があったのですが、ある日、テレビで茶道の番組を見て、伝統文化とその中にある工芸の美しさ、伝統文化の中にある精神性に技術の粋(すい)を込めた物作りにとても惹かれたんです。
私は電車が通っていないような自然豊かな神奈川県の山の中で育ったので、自然に触れることが好きだったんですね。ですから人間の営みにより自然が汚されたり気候変動が起きたりという環境問題への関心が強くあったんです。その中で竹は成長が早くて、手をかけて育てなくても収穫できるし、日本の風土に適しているエコロジーな素材ということを知っていたので、竹に携わりたいなと思ったんです。
材料を作ることから竹工芸が始まる
― 専門学校で勉強を始めた頃、驚いたことはありますか?
最初、竹を割るということが難しくて、
― 竹細工の職人さんは、まず竹を自分で割るんですね!
そうなんです。竹を割るのは、ものすごい力仕事なんです。ですから昔は男性の仕事だったと思います。まず、直径7,8㎝ぐらいの竹をナタで縦2つに割って、徐々に半分、半分にしていきます。私がメインで使うのは幅3ミリ前後のヒゴなので、そうやって割ながら細くしていきます。ちなみにアクセサリー作りでは0.5㎜のヒゴを使っています。
入学して最初の1か月ぐらいは、この材料造りの勉強をするんです。一応、ナタを叩き付ければ竹は割れますが、これでは作業として時間がかかるので、手元でサクサク割っていくんですね。ですが、最初は全く歯が入らないんです。瞬発的な握力の入れ方ができるようになるまで時間がかかるんです。それができるようになったときは嬉しかったですね。
2年生になると竹を丸のまま姿を生かして加工する「丸竹加工」と、編んだり汲んだりしてカゴを作る「編組加工」の専攻に分かれるのですが、私は編組の方を選んで学びました。
― 編成を選んだ理由は何だったのですか?
網目や幾何学模様の美しさに惹かれたことと、元々インテリアの中で籠を使うことが好きだったんです。学校で習う編み方は主に20種類くらいで、細分化していくと100種類ぐらいあるかもしれないですね。
― 小倉さんが開発した編み方はあるんですか?
やはり生活に使うものなので構造的に強いものでないと使えないので、なかなか考え尽されているので、新しい編み方というのは作りにくいんです。
― というと、いつ頃から竹細工はあるんですか?
縄文時代からあるんです。
― 縄文時代から!!
ですので、その技術を大事に使っていこうと思っています。
― 小倉さんの作品というと、繊細な編み目の美しさが特徴ですが、お好きな編み方はあるんですか?
私が好きなのは「差し六つ目編み」ですね。竹工芸の編み方の中でも最も基本となる編み方で、六角形と三角形が連続になったものです。それから六ツ目編みの六角形の中に3本細い線を入れた「小入り麻の葉編み」などですね。
― 見ているだけで気が遠くなりそうな繊細さですね。色々な編み方を組み合わせることでデザインや個性ができていくんですね。
そうですね。材料の幅の組み合わせ、比率、どのパターンをどのぐらい入れるかなどで全体の印象が変わるので、その辺も吟味するようにしています。それから枠の大きさや縁の藤の巻き方でも印象が変わるんです。
― 専門学校を卒業した後は仲間で工房をされていたんですね。
そうですね。友禅の体験工房の一角をお借りして、竹工芸専攻の仲間と工房を持っていました。
― 当時はどういうものを作っておられたんですか?
老舗の竹籠屋さんからご注文をいただいたり、工房は人の目に触れるところにあったのと、母校が烏丸三条に持っている伝統工芸館で実演のアルバイトをしていたので、そこで少しずつ知ってもらって、ご注文をただけるようになりました。
個人のお客様には今も作っているようなテーブルウェアを多くご注文いただいていました。あとはお坊様から仏具の「華籠(けご=寺院での法要の時、散華の華葩(けは)を入れる器物)」をご注文いただいて、お収めさせていただいたこともあります。
作品が売れないこと。それを打破すること
加えて学校の時の同級生などがグループ展や百貨店などの展示販売に声をかけてくれるのですが、老舗の竹籠店で販売する時は売れていても、個人で販売すると全く売れなくて。籠はある程度、値段のするものですし、ネームバリューがあったら売れるのでしょうが、私の名前では売れないんですね。もう、声をかけてくださった方や出展させてくださるお店の方に本当に申し訳ない気持ちがあって、どうにか売れるようにしたいなと思って悩んでいたんです。
そんな時、仲間でやっていた工房を離れ独立することになったのですが、工房の近くに京都府が主催する、若手職人を育成する京都職人工房ができたんです。そこのキャッチコピーが、売れるモノを作れる職人を育てる、というもので、それを見て「これは何か突破口ができるのでは!」と思って入ったんです。
京都職人工房ではデザインやビジネスプラン、SNSやプロフィールを書くためのライティングなど様々な授業がありまして、私は商品開発の授業に期待をしていたんです。というのも商品が売れない理由は色々ありますが、もしかしたらデザインがダメなのかなと思っていたんです。授業ではデザイン事務所の方が講師で来られて一緒に商品開発をしてくださるのがいいなと思って。その授業の中で同業者に負けない、自分が誇れる技術を活かしてオリジナルの商品を作ろう、という先生の教えの元、「模様の美しさを活かせる商品」をということでアクセサリーを作ることにしたんです。
― 現在の代表作の一つ、バングルや指輪はこの時に誕生したものだったんですね。
はい。でも、アクセサリーは作ったことがなかったので苦心しました。最初に作った作品は、先生にこんなもっさりとしたもの誰が付けるんだと言われたりして…。どういう風にしたらおしゃれなのか。街で人気のアクセサリーを見てまわったりもしました。
― バングルなどは、ただの輪ではなく手首に沿って程よくカーブして、手が美しく見えるように工夫されているんですね。
そうなんです。そういう構造敵な部分でも、今までやったことのない技術が必要とされたので非常に苦心しました。それに小さいものだけに誤差が分かりやすいので、非常に精度も求められますね。
― 小倉さんは竹細工のどういったところに魅力を感じておられますか?
竹は繊維質なのでナイフで切らなくても隙間を作ってやるだけで割ることができますし、細い材料を作ることにも適していて、薄くすると柔らかくなりますし、編むという技術が付加されることで器物として強く、美しいものが作れます。素材と伝統技術が一緒になることで、美しく強いものが作れるところがすごいなあと思います。
編み方とか、多種多様にありますし、汲み方を組み合わせてデザインすることもできます。そいうことを考えるとデザインとしても色々なことができて色々な形を作ることも、可能性もあるのが面白いですね。
― お婆さんになってもやっていきたいですか?
そうですね。ずっとやっていきたいですね。
― そんな小倉さんの今後の展望はいかがですか?
今まで生活の中で使っていただけるものを作るのが自分の使命、やるべきことだと思ってやってきたので、その中での美しさを追及してきたのですが、特に海外の方など、私の作品を見てアートだと言って下さる方もいらっしゃるんです。ですので、それ自体を見て楽しむ…例えば壁面や空間の装飾などにアート的な作品作りというのも、今後していけたらなと思っています。
小倉智恵美さんの工房「京竹籠 花こころ」のHPはこちら
小倉智恵美さんも出展する「KOUGEI NOW 2019″DIALOGUE”」が、今年も京都市の五条烏丸にあるホテル カンラ 京都で京都を中心に全国から伝統的な背景を持つ作り手の商品が集まる展示販売会を開催。作品や作り手との”DIALOGUE”(=対話)を通して、工芸の未来を考える場を創造する展示販売会です。