TOP グルメ 電車でカタコト♪あの町この町~京丹後市「峰山町」を歩く

電車でカタコト♪あの町この町~京丹後市「峰山町」を歩く

2020.11.28

丹後半島の付け根に位置する京丹後市峰山町。丹後地方を代表する絹織物「丹後ちりめん」発祥の地であり、昭和40年代には「ガチャ万景気」に沸いた京丹後における商業の中心地でもありました。そして、今年は「丹後ちりめん創業300年」という記念すべき年。今も所々に残る華やかな気配を求めて、のんびり歩いてみましょう♪

 

狛猫とガチャ万景気に沸いた峰山の町を歩く

f:id:kyotoside_writer:20201126103948j:plain
出典:Google Map

今回は“狛猫”で知られる金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)から峰山小学校までの旧峰山町の中心エリアを歩きます。

 

f:id:kyotoside_writer:20201124190900j:plain

旅のスタートは京都丹後鉄道・峰山駅から。こちらの駅舎をよーく見てみてください。珍しい形をしているなと思いきや、こちらなんと丹後ちりめん発祥の地にちなんで「機織り機」がモチーフとなっている珍しい駅舎なんです。
そんな峰山駅から出発し、まずは、狛犬ならぬ狛猫で有名な金刀比羅神社の宮司さんに町の歴史を伺うべく、バスで神社へ向かいました。

 

狛猫がおわす金刀比羅神社へ

金刀比羅神社は江戸時代の1811(文化8)年、峯山藩7代藩主・京極高備(たかまさ)公により、四国の金毘羅権現の分霊をお迎えして創建された神社です。家内安全、学業成就、商売繁盛、縁結びなどのご利益があるとされ、古くより「丹後のこんぴらさん」として地元の人々に親しまれてきました。

 

f:id:kyotoside_writer:20201124191027j:plain

峰山小学校近くに立つ丹後ちりめん創始者の碑

宮司さんにお伺いすると、丹後ちりめんが誕生したのはここ峯山藩なのだとか。江戸中期、峯山に住んでいた絹屋佐平治(森田治郎兵衛)さんが西陣で学んだ撚糸の技法を元に丹後でちりめんを織り始めます。そして5代藩主・高長公が藩の主要特産品として推奨したことから、丹後ちりめんは藩の財政を大いに潤しました。そして今年、2020年が絹屋佐平治さんが丹後ちりめんを創業してからちょうど300年目にあたるのだとか。

f:id:kyotoside_writer:20201124191053j:plain

宮司の?阪卓爾さん

「同じ丹後でも農業の妨げになるからと、丹後ちりめんを作ることを推奨しなかった藩もあるそうです。ですから峯山藩は一万三千石の小藩にも関わらず、江戸幕府の若年寄も出しているんですよ。それだけ財力があったということですよね。それに領民との関係がよかったのでしょうね。江戸時代において一揆が全くなかったのだそうです。」
しかも丹後国で明治維新まで一家が治めたのは峯山京極家だけなのだとか。すばらしい!

 

f:id:kyotoside_writer:20201124191758j:plain

左右ともに京丹後市指定文化財に指定されています

石段を上った先に立つのが狛猫で有名な木島神社です。1830(文政13)年、京都市にある養蚕の神・木嶋神社から地元のちりめん織業者によってお迎えされました。正面の狛猫は地元の糸商人や養蚕家達が養蚕の大敵であるネズミを追い払い、守ってくれるようにと奉納したもの。向かって左側の子猫を抱いている狛猫の方が古く、丹後一円で多くの作品を残している石工・長谷川松助の作だそうです。

 

f:id:kyotoside_writer:20201124191139j:plainさらに石段を登り、金刀比羅神社の本殿でお参りをして向かいの絵馬舎へ。この大きな絵馬は1890(明治23)年の例祭の様子を描いた『祭礼絵図』。こちらは1944(昭和19)年に描かれた複製ですが、これが圧巻なのです!

 

f:id:kyotoside_writer:20201124191205j:plain太神楽を先頭に松が据えられている本屋台(山屋台)10基、その間には鳥居がのった芸屋台5基、さらに町の旦那衆が花街・琴平新地(最後に訪れます)でならした長唄などの芸を披露した竹屋台4基、そして吹貫(鉾)11基に神輿が加わった、その行列の豪華なこと!
「丹後ちりめんにより、考えられない財力を町が持っていたことがわかりますよね」と宮司さん。

 

f:id:kyotoside_writer:20201124191235j:plain

f:id:kyotoside_writer:20201124191246j:plain

御鎮座150年祭として行われた昭和36年10月の例祭の様子。現在も毎年10月に例祭が行われています(金刀比羅神社HPより)

ところが1927(昭和2)年に起きた北丹後地震で町は壊滅状態に。神社の社殿やお祭の屋台などのほとんどが消失してしまったのです。その後、神社は再建され、新しい屋台も作られ、現在も祭りが行われています。

 

f:id:kyotoside_writer:20201124191314j:plain

神社付近から見た大正時代の町並み。左手に権現山が見えます(金刀比羅神社HPより)

絵馬舎から北を見ると向かい側に京極家の陣屋のあった権現山が見えます。
「権現山と金刀比羅神社に見守られて丹後ちりめんが発展したんです」と宮司さん。
そして、その間を走る本通を中心にちりめん問屋や糸屋が軒を連ね、各地から来る織物業者や関連する人々で町は大いに賑わいました。特に昭和30~40年代は織機をガチャンと織れば万単位で儲かったことから「ガチャ万景気」とよばれ、町は大変な景気に沸きました。町の歴史も伺ったところで、当時の活気にみちた町の気配を訪ねて歩いてみることにしました。

 

峰山で芋焼酎?

f:id:kyotoside_writer:20201124191845j:plainさて神社を出てまずは右へ。新しい家と古い家が交錯する町並みを見ながら歩くと、なにやら趣ある建物が。お土産を売っているのかな? とのぞくと看板に「いもにゃん」の文字。早速、入ってみました。

 

f:id:kyotoside_writer:20201124192006j:plainこちらは京丹後市内の清酒蔵5蔵の代表者個人により創立された芋焼酎の「丹後蔵」。2006年より製造しておられます。

 

f:id:kyotoside_writer:20201124191846j:plainその焼酎の名が「いもにゃん」なのですね。猫のラベルがかわいい~! いもにゃんは「ライトな芋焼酎(22度)」と「ちょっと濃いめの香りと味(32度)」の2種類。その他にも色々な銘柄がありましたよ。

 

f:id:kyotoside_writer:20201124191850j:plain

ちなみにラベルは蔵の看板猫なつ君がモチーフ

でも、峰山町でなぜ芋焼酎? と思ったら京丹後市はサツマイモの生産量がとても多いのだそうです。こちらで使うサツマイモは、栗のようなホクホクとした食感があり、貯蔵すると甘みが増す地元産の「京かんしょ」を、金刀比羅神社のご神山から湧き出る水で仕込んでいるのだそう。お店では猫グッズや酒器も販売されているので焼酎とセットにしてお土産にするのもよさそうです。

 

f:id:kyotoside_writer:20201125131159j:plainしばらく歩いてみると峰山の町は碁盤の目のように道がつくられている町ということが分かってきたので、本通からちょっと外れてみました。そこで見つけたのがレトロな看板がかわいい「御旅市場」。その距離、52.4m。日本一短いアーケード商店街なんですって!
ちなみに京丹後七姫の「羽衣天女」は峰山町の磯砂山に舞い降りたのだとか。だから看板に羽衣天女が描かれているのかしら。

 

江戸時代創業の、ちりめん問屋へ

f:id:kyotoside_writer:20201124192342j:plain元の本通に戻ると格子窓の美しい立派な建物があらわれました。こちらは1830(天保元)年創業、今年190周年を迎える峰山町で最も古い、ちりめんの製造販売商の「吉村商店」。現在は7代目となる吉村隆介さんが営んでおられます。

 

f:id:kyotoside_writer:20201124192734j:plain創業時の建物は北丹後地震で焼失してしまいましたが、現在の社屋は1929(昭和4)年に京都市から招いた宮大工により建てられたもの。

 

f:id:kyotoside_writer:20201124192434j:plain
白生地が沢山~! こうやって人の目で一反ずつ検反されるんですね。

 

f:id:kyotoside_writer:20201124192447j:plain

さすが丹後ちりめん!美しい光沢です

特別にお蔵も見せていただいたのですが、白生地が詰まれたお蔵は、着物好きな方には夢のような世界! こちらは自社デザインの地紋を織り込んだ白生地だけでなく、他社の白生地も仕入れて販売されているので、お蔵にはこんな地紋見たことがない! というものが沢山。その他、滋賀県の浜ちりめんや石川県の牛首紬など全国の生地も仕入れているので「みなさん吉村に行ったらどんな生地でもあるといってくださいます」と案内くださった金森さん。もちろん一般の人もお店に訪れて白生地を買ったり好みの色に染めてもらえます。

 

f:id:kyotoside_writer:20201124192524j:plain

また、オリジナルでデザインしたアマビエを織り出した丹後ちりめんのマスクとケースも販売中。正絹なのでお肌にも優しく、色の展開が豊富なのも魅力。化粧箱に入れていただくこともできるので、特別な贈り物にもおすすめですよ。

 

f:id:kyotoside_writer:20201124192828j:plain

桜山荘。現在は非公開。

そして、こちらは社屋だけでなく金刀比羅神社の近くの山の上に別荘も所有しておられます。ことに4代目の吉村伊助氏は「縮緬王(ちりめんおう)」とうたわれたほどの大事業家で、伊助氏が1919(大正8)年に建てた別荘が、この桜山荘。もう、素晴らしいんです! 建物もさることながら広い庭からは大江山などが見渡せ、当時の隆盛ぶりがうかがえます。桜山荘と社屋である吉村家住宅は日本遺産「300 年を紡ぐ絹が織り成す丹後ちりめん回廊」の構成文化財に認定されています。

 

近代日本の名建築を訪ねる

f:id:kyotoside_writer:20201124192854j:plain

写真が斜め! 坂の途中にあるのが分かります

吉村商店を出て、さらに歩くとモダンな建物の峰山小学校に到着しました。北丹後地震により校舎が倒壊した後、1929(昭和4)年に鉄筋コンクリート造で再建されました。窓のアーチが素敵です。

 

f:id:kyotoside_writer:20201124192921j:plain小学校の向かい側の小山には丹後大震災の記憶を後世に伝えるため、1929(昭和4)年に建てられた「丹後震災記念館」があります。こちらの建物も素晴らしいとウワサに聞いていたので一度、訪れてみたかったのです。
設計は京都府庁旧本館の建築にも携わった京都府技師・一井九平(いちいくへい)氏。鉄筋コンクリート造で正面のポーチと2階窓のアーチが印象的な建物。なんだか峰山小学校と似ているなと思ったら、同じ一井氏の設計でした。

 

f:id:kyotoside_writer:20201124192938j:plain

ここから峰山の町なみが一望できます

建物は日本建築学会の「近代日本の名建築」に、また京都府指定文化財になっていますが、現在は残念ながら立ち入り禁止になっています。入ってみたかったな~。

 

ヨーロッパやアジアでも評価の高い老舗醤油蔵へ

f:id:kyotoside_writer:20201124193019j:plain再び町をぶらぶら歩きながら、今度は1912(大正元)年創業の「小野甚味噌醤油醸造」へ伺いました。元は別の場所に店を構えていたのですが、醸造に適した水を求めて戦後、金刀比羅神社と同じ水脈の地下水が湧く現在の地へ移転されたのだそうです。

 

f:id:kyotoside_writer:20201124193004j:plain

店内には醤油だけでなくドレッシングやポン酢など様々な商品が並んでいます

専務さんに伺うと「かつて峰山町には製糸工場や機織工場も沢山あり、うちはその寮にも醤油や味噌を卸していました。その頃、丹後の人たちが峰山町に行くことを“町に行く”といったぐらい賑やかで、特に今、京都銀行がある十字路の辺りには旅館や飲食店や呉服店、袋物屋さんなど様々なお店があり、それは活気がありましたよ」とのこと。他にも往時の様子をお話しくださいました。

 

f:id:kyotoside_writer:20201124193013j:plainこちらの魅力は丹後産大豆を使い古式天然醸造で作られる醤油「甚左衛門」だけでなく、数々の賞を受賞し、国内外のレストランのシェフたちにも絶大な人気をほこる京丹後産のフルーツガーリック(黒にんにく)を使った「黒にんにくドレッシング」、紀州産の南高梅を使った「うめドレ」などのドレッシングに、徳島産の実生の柚子の果汁と琴引き浜の海水塩で造った「琴引の塩ぽん」など数種類のポン酢にツユ、ふりかけ、漬物、糀製品と、とにかく商品の種類が多いこと。

 

f:id:kyotoside_writer:20201124193023j:plain

気になった商品の試食もできます

「うちの特徴はできるだけ天然ものと地元の食材を使うことです」と専務さん。どれもおいしそうなので、迷ったら試食をお願いするのが、おすすめです。

 

f:id:kyotoside_writer:20201124193016j:plainスタッフさんにそれぞれオススメの品をご紹介いただきました。ちなみに私は「甚左衛門」と「琴引の塩ぽんず」を購入いたしました(#^^#)

 

かつての花街を歩く

f:id:kyotoside_writer:20201124193209j:plain
小野甚さんを出て本通に戻ろうとすると、ちょうど金刀比羅神社の横あたりに風情のあるエリアが。この辺りがかつての花街・琴平新地なんですね。1988(昭和63)年頃までは置屋があり、芸妓さんがおられたのだとか。今は飲み屋さんや飲食店が立ち並んでいます。芸妓さんや旦那衆が往来し、ガチャ万景気に沸いた華やかなりし頃の雰囲気に思いを馳せながら歩いてみました。

 織物工場を訪ねて

f:id:kyotoside_writer:20201124193223j:plainそして峰山の町を通る度に気になっていたのが古い小学校のような木造建築。先ほど、吉村商店を訪れた時に金森さんに伺ったら、こちらは1954(昭和29)年に吉村商店から独立した吉村機業株式会社の建物なのだそうで、交渉してくださり見学させていただけることになりました。丹後ちりめんの最盛期、吉村機業株式会社では反物を織る人をはじめ様々な工員さんが200~300名もおられたのだとか! この小学校のような建物は工員さん方の社員寮だったそうです。

 

f:id:kyotoside_writer:20201124193218j:plain門を入ると奥には通称「のこぎり屋根」の旧織物工場が。瓦が乗っている立派な建物です。

 

f:id:kyotoside_writer:20201124193227j:plain現在、稼働している工場は京丹後市役所の近くにあるそうで、こちらも特別に見せていただくことができました。工場の前に立つだけで中からジャガード機のガチャン、ガチャンという大きな音が聞こえてきます。最盛期は、このガチャンという音1回で万単位、儲かったということですよね。すごいことだ~。

 

f:id:kyotoside_writer:20201124193231j:plain

美しい光沢のある生地が降りあがっていきます

丹後ちりめんで栄えた峰山の町。まだまだ訪れていない素敵なスポットがあるので、ぜひ、ぶらぶら歩いてみてくださいね。

 

■■INFORMATION■■
金刀比羅神社
 
京都府京丹後市峰山町泉1165-2
TEL 0772-62-0225
授与所 8:00頃~18:00頃(季節で変動あり)


丹後蔵

京都府京丹後市峰山町泉17
TEL 0772-62-0151
営業時間 9:00~16:30
休み 土・日曜日、祝日(イベント開催は営業)

 

吉村商店 峰山支店 
京都府京丹後市峰山町浪花17
TEL 0772-62-1100
営業時間 9:00~17:00
休み 土・日曜日、祝日

 

小野甚味噌醤油醸造 
京都府京丹後市峰山町杉谷300
TEL 0772-62-0476
営業時間 9:00~17:30
休み 日曜日

 

Recommend あなたにおすすめ