京友禅のキラキラ技巧「金彩(きんさい)」の世界!
赤、青、黄、緑にピンク……この世界にあふれるたくさんの色の中で、最もきらびやかな色といえば「金色」や「銀色」ではないでしょうか? たとえば洋服に金のボタンがついていたり、銀のパイピングが施されていたりするだけで、パッと華やかに見えますよね。
そんな金・銀のキラキラ効果は、京都で長く育まれてきた伝統工芸品の中にも見ることができます。京漆器や西陣織、京仏具など多くの分野で活かされていますが、今回は京友禅とともに発展したキラキラ技巧、「金彩(きんさい)」に注目してみました!
身近なアイテムが変身する金彩マジック
まずはこちらのグッズをご覧あれ。うちわやティッシュケース、桐箱といった身近な生活雑貨にキラキラと輝く美しい絵柄や模様が描かれていますよね。実はすべて、もともとは無地の市販品。そこに京友禅の匠の技「金彩」を施すことにより、こんなに素敵な“一点モノ”に生まれ変わるのです。
手がけるのは、京都市内に工房を構える「田中金彩工芸」の4代目・田中栄人(たなかひでと)さんです。代々受け継がれる金彩の技を間近に見て育ち、高校・大学時代は将来を意識して美術の道へ。2013年に工房に入り、現在は兄の壮児さんとともに家業を支えています。
工房では伝統的な着物や帯の金彩加工を中心に行なっていますが、田中さんは「さまざまなカタチを通して金彩の魅力を広く発信したい」と、金彩技法を活かしたアイテムづくりにも力を入れています。上の写真は、水衣(みずごろも)と呼ばれる金彩模様をティッシュケースに再現したものです。
冒頭で紹介した品々のほかにも、注文に応じてガラス製のトロフィー、仏衣、本の表紙、和菓子の包装紙を手がけるなど、展開の幅は着実に広がっています。
「食器の内側や頻繁に洗濯する衣服などを除けば、ほぼ何でも対応できる」そうなので、とっておきのアイテムに金彩のアクセントを入れてもらうのもいいですね。
京友禅を華やかに演出してきた金彩の歴史
田中さんの手によって身近なアイテムにも応用されはじめた金彩の技。着物の世界では、京友禅を華麗に演出する加飾技術としておなじみです。
そもそも京友禅とは、江戸時代に京都の扇絵師・宮崎友禅斎によって確立されたと伝わる染めの技術。白生地に描いた下絵を糊によって防染(※)して染め上げる手描友禅は、花鳥山水などをモチーフにした繊細かつ華やかな模様の表現を可能にしました。
※防染:染色の際に模様を染め表すために、布を絞ったり挟んだり、または蝋や糊などを付着させて布の一部に染料が染み込むのを防ぐこと。手描友禅においては下絵の線に沿って糊を付着させる工程を「糊置(糸目)」と呼ぶ。
京友禅に金彩が取り入れられたのは、明治30年頃のこと。防染を担う糊置(のりおき)工程の職人が中心となり、江戸時代に一度途絶えた金彩の古典技法を復活させたのが始まりです。
「うちの初代もはじめは糊置職人だったのですが、新しい技術に可能性を感じて金彩職人に転身しました。防染と加飾という目的の違いはあるものの、技術的にはすごく近いので挑戦しやすかったのだと思います」
20近くの工程からなる手描友禅の完成間際に行われる「加飾」は、いわば仕上げのお化粧です。金彩が導入された当初は、前工程の小さなミスや汚れを隠す目的で用いられることが多かったそうですが、職人たちは切磋琢磨しながら多くの技法を生み出し、加飾としての金彩の価値を高めていきました。そして今では、京友禅ならではの上品で落ち着いた華やかさを特徴づける存在となっています。
金彩技法を自在に操る職人技に脱帽!
代表的な技法について田中さんに伺ったところ、なんとその場で実演してくれることに!
はじめに見せてくれたのは、オーソドックスな技法の一つ「金線描き」と呼ばれるもの。チューブの先につけた先金からペースト状の金を絞り出しながら線を描き出す技法で、絵模様のアウトラインを金で飾ることができます。
こちらは、田中さんがバラの絵柄に金線描きを施しているシーン。金を添えただけで華やかな雰囲気が漂いはじめました。まじまじと見つめていると、「金線描き、やってみます?」と田中さん。余りにもスラスラと描いていたので、「一本線くらいならできるかも」と根拠のない自信が湧き起こり、挑戦してみたところ……。
結果はご覧の通り、表面が凸凹した残念な金線の出来上がり。金を絞り出すときの力加減が難しく、最初にドバッと出たり、途中で少なくなったりして、田中さんのように終始一定に美しい線を描けません。改めて職人さんの技術の高さを痛感しました。
金線描きは、もともと既存の絵柄に彩りを添える加飾技法として発展しましたが、金彩職人の技術力・表現力が向上し、今では金線描きだけで一つの作品を作り出すことも可能に。田中さんの代表作「金線松図」の繊細な松葉も一本一本、金線描きによって描かれているんですよ。
現在普及している金彩技法の中には、田中さんの祖父と父が試行錯誤の末に編み出した「もみ箔」という技法があります。
技術書などに書かれている方法とは異なる核心部分はヒミツとしながら、もみ箔の実演も快く応じてくれました。まず、マスキングテープの役割を果たすシートを生地に当て箔を貼りたい部分をカッターでくり抜いていくのですが、デリケートな生地を傷めずにカットできるのがスゴイ……!
次に生地の上に真綿を薄く引き延ばしたフレームを当て、その上から金箔を貼り付けていきます。真綿のフレームをそっと剥がして掃除をすると、金箔部分に蜘蛛の巣状の繊細な線が浮かび上がります。そのランダムな模様が和紙の「もみ紙」によく似ていることからもみ箔の名が付いたそうです。
先ほどの金線描きよりも金の存在感が増し、同じ絵とは思えないほどゴージャスな雰囲気に仕上がりました。実際はもっと複雑な絵模様が多く失敗も許されないため、神経を使いながらの作業が続いていきます。
「ほかにも型紙を使って生地に文様を写す『摺箔(すりはく)』や、接着剤を塗った生地に細かい箔を振り落として接着させる『振金(ふりきん)』などの技法があって、それらを組み合わせたりもします。ひとくちに金彩といっても、いろいろな表現の仕方があるんだなぁと感じてもらえるとうれしいですね」
金彩の可能性を模索する172人目の「京もの認定工芸士」
京都の伝統工芸に携わる若手職人の作品展をはじめ、和装関連の催事などにも積極的に参加しているという田中さん。一般のお客さんと接する機会も増えていることから「実績を証明するものが必要」と感じ、2023年3月、「京もの認定工芸士」の認定を受けています。
京もの認定工芸士とは、京都府が定める34品目の「京もの指定工芸品」の製造に従事し、特に製作技術に優れ、5年以上のキャリアを持つ若手職人に対して、京都府知事が授与する称号。いわば、「あなたは伝統工芸を受け継ぐ一人前の職人さんですよ」というお墨付きです。
田中さんは、認定審査にあたって上の「金彩幾何学模様」を出品。伝統工芸の有識者らによる厳正な審査を経て、172人目の京もの認定工芸士に選ばれ、今年の10月には、京もの認定工芸士の作品展への初出品も果たしています。作品展を控えた取材時に意気込みを語ってくれました。
「作品展はすごく楽しみですね。金彩は京友禅の中間工程に位置していて、金彩作品そのものを一般の方に見ていただく機会がそう多くはないので、どんな反応があるのか興味があります。せっかくなのでほかの分野の工芸士さんのお話も聞いてみたいですね」
一方で田中さんは、2021年から一般の人を対象にした金彩の出張ワークショップを独自に展開中。「摺箔」の技法を活かしてオリジナルのグッズ完成させる2つの体験コース(金彩ハガキコース/トートバッグコース)を設けています。
「金彩に親しんでもらう場を広げたくて細々と始めました。僕はもちろん指導する立場で行くんですけれど、時々、ハッとするような作品を仕上げる方もいらして、こういう配色や見せ方もあるのかと逆に刺激をもらっています」とうれしそうに話していました。
先人が切り開いた金彩の確かな技を着物の世界で発揮するだけでなく、新たなカタチやシチュエーションを自らつくって発信している田中さん。外に向けられた視線は今、海外にも向けられています。
「たとえば、古くなって捨てられてしまうようなモノに金彩を施してよみがえらせるとか、新しい価値をつくることができれば海外でも通用するんじゃないかと思って。仕事柄、なかなか旅に出られないので、海外に行く機会をつくりたいというヨコシマな考えも少しあるんですけどね(笑)」
金彩がこの先、どんなところでどんなふうに輝きを放つのか、ますます楽しみになってきました。みなさんも着物や帯、その他いろいろなアイテムに活かされている京友禅の金彩に注目してみてくださいね。
INFORMATION
田中金彩工芸
住所:京都府京都市上京区竹屋町通千本東入主税町812-34
電話:075-821-0873(受付時間9:00〜19:00)
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